糸満まちづくり事業への協力、戦後復興果たした糸満をアーカイブ化したい

フレンズアブロード代表長嶺は、糸満をこよなく愛する糸満チュなんですね(´∀`)

これまでにもフレンズアブロードの事業と絡めて、市民と外国人を国際交流させるプログラムを開催したり、英語のクラスを糸満で行ったり、キビ刈り体験を外国人にさせて農家をサポートしたりと、色々なプログラムを組んでは糸満市民に国際感覚を身に付けてもらおうと尽力しています♪

糸満の知人友人も数多く、今も定期的にモアイや会合も持っているほどです(^^)

そこで今回、糸満の知人の方の1人で、糸満まちづくりプロジェクトにフレンズアブロードをぜひ起用したいという企画案が持ち上がりまして、供にアイデアを絞り出し本日企画書を提出してもらったんです(^^)

その方は、糸満帆掛けサバニ振興会の代表で、今ではもう作れる職人が数名となり文化の継承が危ぶまれる『サバニ』の認知度向上、体験乗船などを積極的に行い糸満のまちづくりに尽力されている方なんです。

で、今回の企画というのが、

みなさんご存知のように糸満は先の大戦で大激戦区となり、街全体が焼け野原になりましたよね。

しかし糸満チュの『なにくそ魂』で見事に復興を果たし、今のような立派な糸満市に成長してきました。

その逞しく復興してきた姿をアーカイブにまとめ、糸満市の復興過程を人々にも知ってもらいたいという企画。

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そこでキーポイントとなってくるのが、戦後沖縄に駐留していた米軍人。

彼らは当時世界で見ても最新鋭の技術や器材を持ち合わせていた。

カメラもその一例であり、戦後様々な沖縄の場面をカメラに納めてきているはず。

そんな彼らに当時の写真の提供を呼びかけてみようというのが企画の大筋なんですね〜(^^)

そこで!県内在住の外国人と40年もの間国際交流プログラムを進めてきた我々フレンズアブロードに白羽の矢が立ったということなんです♪

事実40年もの間県内在住の外国人と国際交流プログラムを開催してきていて、これまでに携わった外国人・軍人は数千名、いや万単位になるかもしれません!?

一度仲間として関わってくれた彼らは、沖縄駐留を経た後には母国の各々の州へと帰っていく。

ということは、それだけの数の人的ネットワークが世界中にあるということでもあるんです♪

そのネットワークを活用して情報収集を募ってみる。なるほどいい活用法ですよね(^^)

さらに、沖縄英字情報サイトのオキナワンダラーにても情報発信をし、沖縄のみならず世界中に広がる沖縄ファンにこの内容を知ってもらい素材の提供を呼びかける!という企画なのです(^^

当時、知念村にもアメリカ軍施設があり、糸満にも常々軍人が通り掛かり町歩きなどもしていたという情報もあります。

糸満ハーレー、糸満綱引きなどでも外国人の観光客が数多くいて、色々写真などを撮っていたという情報も実際にあるんです(^^)

ということは、この情報さえその写真を写し保有している人に届けば、提供はしてくれそうですよね♪

ということで、申請が通ればこちらの事業も進めていく運びとなります(^^)

もしアナタのお知り合いや、親戚などにも昔沖縄に駐留していたよという外国人の方々がいらっしゃれば、ぜひ情報提供をお願いします♪

年末〜年明けまでに事業をまとめ、成果発表会と題して展示会も行う予定です(^^)

是非ぜひ、ご協力のほどよろしくお願いします♪

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